出産記録
前のエントリーにも書いたように切迫早産での入院によるストレス(というかギャルママに精神汚染されただけ)とこの夏の猛暑で臨月は心安らかどころかうんざりしており、まーほんと早く産みたくて産みたくてたまんねーなーと思ってたら、息子は予定日より17日も早く出てきてくれました。出てきてくれましたというか、私も部屋中雑巾がけ+スクワットで発破かけてたんですが。以下、もう殆ど陣痛の痛みとか忘れかけてるけど出産記録です。
退院後お腹の張り止めの薬をやめてから、わかりやすいくらいに腹がパツンパツンに。34wの定期健診で子宮頚管(赤ちゃんの通り道)が1.5センチ位(通常は4センチ以上)とどえらい縮んでいた為「すぐに産まれそうですねー」と主治医からも太鼓判を押していただきすっかり自分もその気に。ただその時点では赤子の推定体重が2500gないかもと言われていたので、取りあえず臨月(36w)入るまでは「出るなよ!絶対出るなよ!」と腹に念じていたんですが、考えすぎて「でも、赤子が出川哲朗体質だったら、逆に空気読んで出てきちゃうかもしれん…」とオロオロしたり。猛暑と女性ホルモンの相互作用でいつも以上に頭がおかしくなっていたんだと思います。そんな母を気遣ってか、子はおとなしく腹にこもったまま3週間が経過。序盤は慌てて美容院で散髪済ませたり、最後の準備でアカほんに買い物行ったりしてたんですが、段々やることもなくなり、まさかの時に備えて外出も避け、ただ大きな腹を抱えてじっとしているのもやがて飽きてきました。気分転換にDSで男子高生を棒でつついて*1も、頭が3割増でバカになってるので上の空になっちゃうし、知恵袋や小町で「切迫早産 予定日 早い」等のキーワードで鬼のように検索しまくるのも疲れ…。つうわけで、家の掃除に励むことにしました。某産院の推奨する「自然なお産」については懐疑的なんですが、テレビでチラ見したスクワット雑巾がけはいい運動だなーと思ってたので家中のドアや扉をがっしがっし拭いたり、妖怪のように汗みどろになりながら床掃除したり。臨月に入ってから1日おきくらいに横っ腹の写真を夫に撮ってもらってたんですが、このスクワットは非常に効果的だったようでみるみる腹が下がっていくのがわかりました。
2010/08/23
37w0d。真夜中、ちくちくした微妙な腹の痛みで目が覚め「これって陣痛かなぁ?」と訝しく思いながら一応間隔を計ってみると、教科書通りの10分間隔。なんとなくお腹の張りは段々強くなってきてはいるものの、我慢出来ないって訳でもなく1時間様子見。間隔は短くなってきたけど自分では判断出来なかったので、取りあえず早朝4時頃病院へ。陣痛室に通され、腹にNSTを装着。助産師さんに内診してもらった所子宮口は2cm程開いてました。「へー、やっぱうそ陣痛じゃなかったんだー」と一安心。この安心がまずかったんでしょうね。病院着いた時点でも「おいおい、陣痛ってこんなもんか?楽勝じゃね?」てなめてかかる程の痛みだったんですが、1時間も経過すると更にその痛みは弱まっていました。NSTの数値は100を何度も超えたりしていたので、普通の人なら凄い痛かったかもしれないけど私は痛みに鈍感なのか、出された朝食全部たいらげられる程でした。結局そのまま陣痛は消えてしまい、予定日も大分先という事で自宅に強制送還。助産師さんは「こういうのよくある事なのよー」て言ってたけど恥ずかしかったー。しゃかりきコロンブス乙。
2010/08/26
37w3d。フライング陣痛から3日後の夕方、またしてもチクチク下っ腹が痛み出したものの前回の事もあり、「どうせまたウソ陣痛だろうなー」とほぼ疑ってました。一応間隔だけメモしとくか、と書いてたのがコレ。
画像でもわかるように、途中までは自分で書いてましたが段々痛みが強くなるにつれて字が乱れてきたので、夫にメモしてもらってました。それでも菓子パン完食する程度の余裕は有ったので、「いやいや、きっと本物の陣痛だったらそんな余裕ないはず!」と寝転がって痛みをやり過ごしてました。実際、普段のせーりつーの方が重症で、それに比べたらまだマシという感じだったし。でもこの間隔でもわかるようにみるみる痛みが加速していき、家を出る時には夫に支えられてよちよち歩き出来てたのが、病院に着いた頃には車椅子じゃないと移動出来ない程に。ただ痛いながらも、移動中の車の中で流れる景色を見ながら「あー診察の時何度も通った道だけど、今日できっと終わるんだなー」と頭の中は妙に冷静でした。夜9時頃病院着。ちなみにこの時点で破水や出血はナシ。
こないだ通されたばっかりの陣痛室へまた案内され、助産師さんに触診してもらうと子宮口は既に7cm程開いてました。切迫早産で入院中、何度も陣痛室から聞こえる妊婦さんの悲鳴に畏れ慄いてたけど、いざ自分が当事者になってみると不思議と肝っ玉が座り「うー」と唸る程度。何故か頭の中では北の国からの黒板五郎(田中邦衛)が「やるなら今しかねえ!」を熱唱するシーンがフラッシュバックしておりました。産むまで、陣痛は股関節が痛くなるもんだと思ってたんだけど、実際には腰と尻なのね。上から降りてくるんだからそりゃそうだよね。よく鼻からスイカって表現されるけども、私の場合は子供には悪いけど重度の便秘って感じでした。痛みが引いてる時は普通に会話も出来るけど、ピークの時は何かに掴まってないとツライ!って程度。痛みの波が近づいてくると夫に腰と尻の間をグッと押してもらいながら、フーッと息を吐くのをひたすら繰り返してるうちに2時間位で子宮口が全開に。「えっ、もう産まれんの?」て呆気なかったです。採血の注射ですらビビリ狂う程の痛がりなので、これからもっともっと痛くなるんだと思ってた。
分娩台に移ってからは助産師さんにリードしてもらい、息を吐いたり吸ったりしながらいきんでました。夫がビデオ回してたので後で見返してみたけど、終始無言で臨んでてビックリした。思ってたより自分にしては落ち着いてて、立会い予定のなかった夫に「気分悪くなったら外出ていいから」て言ったり、私の腹の上に全体重かけて乗って押し出そうとする助産師さんを他人事のように観察したり。やがて助産師さんの手により破水。じょばーっと生暖かいお湯みたいなのが流れるのが分かりました。あんなにビビってた会陰切開*2も「あーはいはい、切って下さい!」と即答。普段の自分なら「絶対ヤダ!」て泣いて逃走しただろうけど、この時はなんか脳から出てたんだろうなー。とにかく早く産んでしまいたい一心でした。分娩台に上がって約40分後、ぬるりときたぜ白が。いや色白な子が。「おめでとうございまーす」て胸の上にぼてりと置かれた我が子は、ぐにゃぐにゃしてて生温かく、意外にもズッシリとした重みがありました。やっと苦痛から開放され安堵感に浸りたかったんですが、切開後の縫合処置の方が陣痛より地味に痛かったなー。医者の卵ぽい先生が先輩医師にやり方教えて貰いながら、ゆっくり慎重に縫うもんだからずっと「イテッ…イテッ…」て言ってました。(その晩の後陣痛はもっと痛くて地獄だった)それでも我が子との初対面に「早く生まれて良かったー」ときゃっきゃ喜んでたら、助産師さんが満面の笑みでやって来て「おめでとうございます!これ病院からのプレゼントのエコバッグです☆何色がいいですか〜?」と4種類位のエコバッグの入った籠を見せられ、夫共々きょとーん。え?今の人エコバッグつった?わたし今下半身丸出しなんですけど、なんでこのタイミング?一瞬何を言われたのかわからなかった。あまりにシュールすぎてハトよめみたい。「え、あー…じゃ、これ…」て適当に選んだけども、色とかどうでもいいし、おもっくそ病院名入ってるし、多分使わない…。*3
まぁバースプラン通りとはいかなかったけど妄想しまくってイメトレしてたお陰で思ってたより痛くなかったし、おおむね楽しい妊娠生活を送れたんじゃないかなーと思います。このトシになると初めての体験なんてなかなかないので、こんな短期間に自分の体がどんどん変化していくのが単純に面白かった。産んだ後の方が大変だとよく言われるけど、私にとっては妊娠するまでの方が大変でした。切迫で入院中、世間で虐待事件が相次いで起こりナーバスになったりもしましたが、ちゃんと自分の子をかわいいと思えた事にもホッとしました。いつか漂流教室の翔ちゃんみたいに「クソババア!」て言われないよう、今のうちに可愛がり倒したいんだけど、私の可愛がり方って『動物のお医者さん』の菱沼さんと同じなので、早々にうざがられそう。